忙しい人たちを、ただ見てるしかできないもどかしさ
最近、隣の課の人たちが忙殺されている。 4月の異動に始まり、派遣さんも退職されて、新しい人が来られたり。 辞められたかたの仕事を、新しい人へ引継ぐ作業が、猛スピードで進められている。
引継ぎをする人は、通常の自分の仕事プラス、新しい人への指導や気配りが増えて…全く仕事にならない状態らしい。 日に日に疲れが、顔に現れてきて心配になる。
私は同じフロアで働いているけれど、隣の課の人たちの仕事内容を全く知らない。 だからどんなに忙しそうにされてても、手伝うことは出来ない。 それに「他の課の手伝いをするくらいなら、自分の課の仕事をもっとやれ!」って話だし。
結局、見ているだけ。 何もできずにいる。
なにが助けになっているかは、その人にしかわからないのかも
給湯室で、たまたま隣の課の女性と一緒になったとき。 何も手伝えない自分が恥ずかしくて、おずおずと「お疲れ様です」と、言う私にその方は笑顔を見せてくれた。
「いつも、ありがとうね!メッチャ助かっとるよー!」と。
その言葉と笑顔は、とても社交辞令に見えなくて…思わず「え?何がですか?!」と、聞き返してしまった。
「うちの課の電話までよく取ってくれるし、書類の発送作業とかいつもやってもらえるし、すっごいありがたいよ!」
確かに…電話はよく取っている。 それは隣の課の人を助けたい、という思いからではなく…「電話は3コール以内にとること」という、社会人としての教えが身についているだけで、条件反射と言ってもいい。
発送作業も、同じフロアの人の分をとりまとめてするものなので、正直だれがやっても問題ないものだ…と、私は思っていて。 それに梱包作業が好きなので、この仕事は少し楽しみですらある。
…つまり。 どれも隣の課の人たちのお手伝いとは、思っていないものだった。
何も出来ないな…ってときは、まず自分のことを精一杯やる
この半月ほど、隣の課の人たちに対して抱いてた、「何にもできなくて、本当に申し訳ない!」って気持ちが、彼女の言葉で軽くなりました!
そして、直接仕事を手伝うことは無理だけど、自分に出来ることを精一杯やっていたら、どこかでなにかが隣の課の人たちの“助け”になるんだなぁ…と。
自覚が無いものばかりなので、正直、なにがそんなに「メッチャ助かっとるよー!」なのかは、わからないのですが。 今のままで充分!ってことは、わかりました!!
もうね。 どうやったって隣の課の人たちの仕事は手伝えないんだから、この際「申し訳ない」って気持ちは置いといて。 もっと自分にできることを、精一杯やっていこうと思いました。
そしたら「ありがとう」って言われたとき、素直に「どういたしまして!」が返せると思うんです!!